2008.05.23

ガヤガヤの世界

芥川比呂志 「ガヤガヤの世界」

役者は、贋の顔をつくり、贋の衣装を着て、借物の言葉をしゃべり、借物の生活をしてみせながら、まるでそれが本来自分の持物であるかのように意気揚々としている。まず自分がそれを信じなければ、眼の前でたちまち崩れてしまう一つの世界があることを、けっして自分の持物ではない一つの世界があることを、役者は知っているからである。作者が創り出し、観客が活気を吹きこむ、現実よりも濃く、確かに目に見え、耳に聞える想像の世界があることを、よく知っているからである。その世界が崩れてしまえば、役者はまったく無力な存在と化してしまうだろう。